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TEENA MARIE

皆さん

つい先日お正月だったのに一月ももう終わり。。。
早ッ!ですよね(笑)

今日は少し淋しい話題ですが
リスペクトを込めてブログアップです!

Teena-Marie-Colour-99.jpg

ティナ・マリーが54歳で12月26日に他界してしまいました。
リック・ジェームスとのデュエットで「え!?この人白人?」と
思ったくらいソウルしていた女性シンガーでした。
ルックスも良かったし、ブルーアイドソウルの走りでしたよね。

彼女のバンドのドラマー(ジェフリー・サトルズ)とベーシスト
(ダグ・グリスビー)は私のアルバム「Element]をプロデュース
してくれたメンバーなんです。

そんな関係で、彼女のコンサートに行ったことがあります。
以前夏のコンサートに、在りし日のリック・ジェームスが出た時も
スペシャルゲストで出てきました。
あの二人が亡くなってしまったなんて。。。
良き時代のソウルが消えてしまう。

今の音楽はハートが無い!熱くない!
そう感じるのは私だけでしょうか?

ご冥福をお祈りします。

年の始めに暗い話題でごめんなさ?い。。。

体を大切に今年も行きましょう!!!

mimi♪

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コメント

TEENA MARIE

mimiさん今晩は(^-^)v

最近の音楽は薄っぺらく使い捨て感が強く好きになれません。これも業界の商業第一主義の結果!?歌手にしても芸人にしても勘違いしてる人が多くて…だから先が見えない人ばかりがテレビに氾濫するんです。

名人とか職人と呼ばれるひともめっきり減って、これも時代でしょうか?

良いものはずっと残ると思いますし語り継がれていくと思います。

mimiさん出番デスよ!! ソウルフル&ハートフルなをお願いします。長々とすみません、ではまた(^-^)v

☆~~~~~~☆~~~~~~☆

NORIMICHIさん

共感してくれてありがとうございます。
音楽に関してですが
私の時代はアメリカンミュージック聴いて音楽してましたが
今は洋楽的・邦楽を聴いて音楽してるのではないでしょうか?
これも時代ですかね~、、、
こんな事をつぶやく歳になってしまったんですね(笑)

でも今年こそ「日本へ行くぞー!」と嬉しい報告が出来るように頑張ってます。
その時はソウル&ハートフルに心をこめて唄いますv-264v-266

コメントありがとうございましたv-238

mimi♪

☆~~~~~~☆~~~~~~☆

そのとぅーり!

Dear Soul Sista

今の音楽はハートが無いと、私も思ヒます。

つい先日mimiさんの生歌が聞きたいと心が悲鳴を上げました。

今こんな時だからこそ、mimiさんの歌で心に潤いを!
一緒に歌って、踊って、泣いて、笑って
そんなliveに参加したい!

私は元気です。

Love,
maiko

☆~~~~~~~~☆~~~~~~~~☆

Maiko

元気でしたか?
地震は大丈夫でしたか?
It's Been Long Time。。。ですね。

やっぱり熱くなれるハートフルな音楽が一番ですよね♪
そして、絶対LIVE!!!
待っててくださいね。

ブログ見ててくれてありがとう!!!v-238

mimi♪

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プロフィール

big soul sista' MIMI

Author:big soul sista' MIMI
本名、宮本典子。
パフォーマーとしての本格的なデビューは赤坂にあった伝説のディスコ、「MUGEN」でのこと。
ただし、シンガーとしてではなく。当時は「ゴー・ゴー・ガール」と呼ばれたダンサーとして、である。
mimiはMUGENでのティナ タナーのステージに魅了されシンガーになる。数年後、日本人だけのソウル グループ「スリー チアーズ」を結成、
ヴォーカルにグッチ祐三、ドラムにはウガンダ、7ピースによるバンドは、MUGEN、米軍キャンプ、ディスコを中心に活動する。
その後、ジャズ・フュージョン・シンガーとしてジャズシーンにデビュー。鈴木勲とのコラボレートのアルバムも製作した。
後、スタジオワークを経て、歌謡界にデビュー、「エピローグ」、「ラスト・トレイン」をヒットさせるが
3年後、芸能界を辞め、ライブ中心の音楽活動に切り替えた。

90年、渡米を決意。 自分の歌を、パフォーマーとしての絶対的な力量で評価されるアメリカで試そうとしたからだ。
知り合ったグロリア・ジョーンズの元を訪れ、西海岸を活動の拠点としてキャリアを一から積み直し始める。
91年にミシシッピ・マスクワイアのソリストとして活動。
その後、リユニオンをプランしていたラリー・グラハム(元スライ&ザ・ファミリー・ストーンのベーシストでチョッパー・ベースのパイオニア)、
ジョージ ジョンソン(ブラザース ジョンソンのギタリスト)率いるグラハム・セントラル・ステーションのシンガーとしてバンドに参加。
全米ツアー/ワールド・ツアーに参加、92年には来日公演も実現し、mimiの名で凱旋した。
これと前後して、エディ・マーフィーのバンド(サイケデリック・ソウル)のメンバーに参加、
モントルー・ジャズ・フェスティヴァルで行われたエディー初ライブをサポートする。

その後、ブラザースブラザース ジョンソン、Always Thereのヒットで知られるサイド・エフェクトのメンバーとして、LAを中心に活躍している。


1999年・「ジョイ ラブ ハピネス」をリリース。
2001年・セルフタイトル「mimi」をリリース。
2002年・全カバーアルバム「エレメンツ」をリリース。
2007年・「アティチュード」をリリース。

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