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がんばれ日本!

浜岡原発停止が発表され、ますます節電が厳しくなっている
今日この頃のようですが日本のライブハウス・コンサート・
クラブ関係はどうなのかしら?

影響はありますよね?

それでなくても音楽業界は厳しい時代なのに(特に洋楽)、、、
嫌だ―――!!!

そんな中、元気がない時に聴くと元気になる音楽ってありませんか?
私の場合は「グラハム・セントラルステーション」「バーケイズ」
などなど、、、

タイトなリズムで、昔よく聴いた音楽!がポイントかな~。

そして誰か私の唄で元気になってくれたらいいな~♪

音楽で元気になりましょう♪♪♪

頑張れ日本・応援してます!

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プロフィール

big soul sista' MIMI

Author:big soul sista' MIMI
本名、宮本典子。
パフォーマーとしての本格的なデビューは赤坂にあった伝説のディスコ、「MUGEN」でのこと。
ただし、シンガーとしてではなく。当時は「ゴー・ゴー・ガール」と呼ばれたダンサーとして、である。
mimiはMUGENでのティナ タナーのステージに魅了されシンガーになる。数年後、日本人だけのソウル グループ「スリー チアーズ」を結成、
ヴォーカルにグッチ祐三、ドラムにはウガンダ、7ピースによるバンドは、MUGEN、米軍キャンプ、ディスコを中心に活動する。
その後、ジャズ・フュージョン・シンガーとしてジャズシーンにデビュー。鈴木勲とのコラボレートのアルバムも製作した。
後、スタジオワークを経て、歌謡界にデビュー、「エピローグ」、「ラスト・トレイン」をヒットさせるが
3年後、芸能界を辞め、ライブ中心の音楽活動に切り替えた。

90年、渡米を決意。 自分の歌を、パフォーマーとしての絶対的な力量で評価されるアメリカで試そうとしたからだ。
知り合ったグロリア・ジョーンズの元を訪れ、西海岸を活動の拠点としてキャリアを一から積み直し始める。
91年にミシシッピ・マスクワイアのソリストとして活動。
その後、リユニオンをプランしていたラリー・グラハム(元スライ&ザ・ファミリー・ストーンのベーシストでチョッパー・ベースのパイオニア)、
ジョージ ジョンソン(ブラザース ジョンソンのギタリスト)率いるグラハム・セントラル・ステーションのシンガーとしてバンドに参加。
全米ツアー/ワールド・ツアーに参加、92年には来日公演も実現し、mimiの名で凱旋した。
これと前後して、エディ・マーフィーのバンド(サイケデリック・ソウル)のメンバーに参加、
モントルー・ジャズ・フェスティヴァルで行われたエディー初ライブをサポートする。

その後、ブラザースブラザース ジョンソン、Always Thereのヒットで知られるサイド・エフェクトのメンバーとして、LAを中心に活躍している。


1999年・「ジョイ ラブ ハピネス」をリリース。
2001年・セルフタイトル「mimi」をリリース。
2002年・全カバーアルバム「エレメンツ」をリリース。
2007年・「アティチュード」をリリース。

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