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mimi's daiary

先週のことになりますが、アカデミー賞がハリウッドで行われましたよね。
余談ですが、アメリカって所はこの時期ノミネート物が多い国です(笑)
そのアカデミーの外国部門で「おくりびと」がオスカー獲りました!
この映画は12月に日本へ行く機内でラッキーにも観ていて、
「面白いな?」と思ってたので何だか凄く嬉しかったです★

そして、次の日のNHKニュース(LAでも観られるんですよ!)で
「おくりびと」を観る人達が映画館に殺到してる映像が流れていました。
アメリカの話題でも、結構みんな観てるんだな?と感心しました。

そう言えば、むか?し宮本典子時代に「韓国音楽祭」なるものに
日本代表としてエントリーしたことがあるんです。
日本の音楽祭とはノミネート国が少し違って、ナイジェリア、
アルゼンチン、ユーゴスラビア、ニュージーランドなどの国も入ってました。
ユニークでしょ?
☆ここれーっ笑い話☆
ノミネート順がナイジェリアの男性シンガーの次で、
並ぶ順番も彼の隣。
当時の社長曰く、色の黒い私は遠くから見ると
ナイジェリアシンガーの様だったみたいです!(笑)

音楽祭の次の日、韓国のデパートに買い物に行ったら
全員が私の事を知ってるんです!
「テレビ観た!観た!」と取り囲まれました。
これには驚き!!!
やっぱり何処の国も、何時の時代もテレビって影響あるんですね?。

物持ちがいい私はその時のパンフレット持ってるんです。
では、若き日の色黒mimiの写真お見せしま?す!(爆笑)
mimi 70s 400

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GRAMMY AWARD

日曜日にグラミー観に行ってきました!
自慢じゃないですが、毎年6?7年は続けて
行ってるんですよ。
グラミーは選ばれた音楽業界の関係者だけが
入れるんですが、私はラッキーにもグラミー関係の
日本のお友達がいるので、何時もお誘い頂いてます。

grammy+001.jpg

何時も思うんですが、
あれほど新旧が入り混じって出演していても違和感が無い。
音楽のアレンジが良いのか、構成が良いのか、、、
でも一番は、新しい人達が先輩たちをリスペクトしてることが
アメリカの音楽の中にあるんだろうな?と思います。

そしてグラミーの目玉!新旧のコラボは、、、
アル・グリーン&ジャスティン・ティンバリーでした。
良かったけど、去年のティナ・ターナー&ビヨンセには
敵わないな?。

私のお気に入り、ジェニファー・ハドソンも
R&B部門でグラミー取りましたよ!
その後彼女が歌ったんですが、最後のところで
泣いてました。
それを見て私も涙ぐみました。。。(笑)

会場の上から撮った写真見て下さい。
グラミー会場

そして、この日のわたしはストレートロングのヘアースタイルでした
グラミーmimi

年に一度の華やかな一日!
ノミネートは無理だけど毎年行くぞ!!!



mimi's DIARY

2月1日はスーパーボウルの試合がありました。
日本ではあまりフットボールは人気がないみたいですが、
アメリカでは年に一度の大イベント!
アメリカ人の楽しみの一つです。

スポーツのイベントに必ず歌うアメリカ国歌(Star Spangled Banner)は、
「MARIAH CAREY」「BEYONCE」「CELINE DION」など等、
思い出せない位の沢山のシンガー達が歌ってきましたが、
その中でも一番が「WHITNEY HOUSTON」だったの。
これは私だけではなく、アメリカ人の中でもそう言われてきました。
でもでも、今回の「JENNIFER HUDSON」には、泣けた。。。
ホイットニーと争う凄さ!!!
ジェニファーが他の人と何が違うか?と考えると、、、
う?ん、やっぱり声かな!
凄い・感動・涙、、、の私でした。

◆ジェニファーの映像をYou Tubeで探したので、
  興味ある方は観て下さい。
(このブログの最後にアップしてます!)

jennifer hudson
Jennifer Hudson





そう言えばオバマ大統領の就任式で歌った、
アレサ・フランクリンの“My Country Tis Of Thee”も
貫禄だったですね。

アレサ・フランクリン 
Aretha Franklin

もっと歌が上手くなりた?い!!!と思うmimiでした











 








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プロフィール

big soul sista' MIMI

Author:big soul sista' MIMI
本名、宮本典子。
パフォーマーとしての本格的なデビューは赤坂にあった伝説のディスコ、「MUGEN」でのこと。
ただし、シンガーとしてではなく。当時は「ゴー・ゴー・ガール」と呼ばれたダンサーとして、である。
mimiはMUGENでのティナ タナーのステージに魅了されシンガーになる。数年後、日本人だけのソウル グループ「スリー チアーズ」を結成、
ヴォーカルにグッチ祐三、ドラムにはウガンダ、7ピースによるバンドは、MUGEN、米軍キャンプ、ディスコを中心に活動する。
その後、ジャズ・フュージョン・シンガーとしてジャズシーンにデビュー。鈴木勲とのコラボレートのアルバムも製作した。
後、スタジオワークを経て、歌謡界にデビュー、「エピローグ」、「ラスト・トレイン」をヒットさせるが
3年後、芸能界を辞め、ライブ中心の音楽活動に切り替えた。

90年、渡米を決意。 自分の歌を、パフォーマーとしての絶対的な力量で評価されるアメリカで試そうとしたからだ。
知り合ったグロリア・ジョーンズの元を訪れ、西海岸を活動の拠点としてキャリアを一から積み直し始める。
91年にミシシッピ・マスクワイアのソリストとして活動。
その後、リユニオンをプランしていたラリー・グラハム(元スライ&ザ・ファミリー・ストーンのベーシストでチョッパー・ベースのパイオニア)、
ジョージ ジョンソン(ブラザース ジョンソンのギタリスト)率いるグラハム・セントラル・ステーションのシンガーとしてバンドに参加。
全米ツアー/ワールド・ツアーに参加、92年には来日公演も実現し、mimiの名で凱旋した。
これと前後して、エディ・マーフィーのバンド(サイケデリック・ソウル)のメンバーに参加、
モントルー・ジャズ・フェスティヴァルで行われたエディー初ライブをサポートする。

その後、ブラザースブラザース ジョンソン、Always Thereのヒットで知られるサイド・エフェクトのメンバーとして、LAを中心に活躍している。


1999年・「ジョイ ラブ ハピネス」をリリース。
2001年・セルフタイトル「mimi」をリリース。
2002年・全カバーアルバム「エレメンツ」をリリース。
2007年・「アティチュード」をリリース。

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